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News 2015

展示「口 器」|華雪+柳原照弘


hara


タイトル 口 器 くちうつわ
【口】〈字義〉祝詞(ことば)を収める器を象る。のちに言食する口の意味が加わる。
【器】〈字義〉祭器(口)と供え物の犠牲(犬)がある儀式の景色を象る。
(白川静『常用字解』より)

漢字の成り立ちを独自の学説で解明した白川静は、それまで身体機能としての「くち」と解釈されてきた「口」の字の起源が、神への祈りを記した祝詞を収める器を象ったかたちであると解き明かしました。
「くち」のかたちと考えられてきた「口」の字が、「器」を象ったものであり、そう捉えることで、「口」が組み込まれた他の漢字の解釈も劇的に変化し、それらの字に人間のふるまいが見て取れると、白川は主張します。

また、「口/くち」ということばは、さまざまな意味合いを持っています。
ひと、いや、ひとに限らず動物についている口――それは身体への入り口であり、臓器の先端とも捉えられます。そのため、「口」は、外側に開いたところを指すこともあれば、何かのはじまりや端を指すこともあります。そして食べ物を体内へ入れ、ことばを発する器官である口は、「口が肥えている」、「口が達者」といった食や話すことに関わることばとしても使われています。

今回の展示は、それら多様な「口」の有り様を、書とガラスで表現する試みです。
儀式のための口/器
食べるための口/器
器官としての口/器
穴としての口/器
――光が透ける和紙に書かれた書の「口」、透明なガラスでかたちづくられた「器」によって、口と器の関係を問いかけます。

書:華雪
ガラス:柳原照弘
*ガラス制作:辻野剛(fresco)
 

日時 2015/06/20(土)-7/18(土)

会場 hiromi yoshii roppongi

展示 「単位展」


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hara

タイトル 共/制(きょうせい)
〈わたしの単位〉というテーマのブースに出展しています。
共/制(きょうせい)。
共生であり、強制としての単位を連想させる漢字はないかと考えた。

「尺」の文字は、何かを測るために親指と中指を開いた手のかたちを表した象形文字から成る。それぞれの少しずつ異なる〈単位〉を媒介として、人は繋がり、あるいは統べられる。――ひとつの単位/文字がかたちづくられていく。

日時 2015/2/20(金)-5/30(日)

会場 21_21 DESIGN SIGHT

華雪による書と篆刻の講座 2015前期


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会場 和の器 韋駄天地下ギャラリー(地図
〒110-0001台東区谷中5-2-24 tel.03-3828-1939
JR日暮里駅より徒歩5分/東京メトロ千代田線千駄木駅より徒歩9分

開催日 1月18日(第3日曜日)、2月15日(第3日曜日)、3月15日(第3日曜日)
4月19日(第3日曜日) 、5月17日(第3日曜日) 、6月21日(第3日曜日)

各回時間 【篆刻】11:00-13:30、【書】15:00-17:30 
※定員各回8名

受講料 各回6,000円(材料費込) 
※篆刻と書を通し受講の場合10,000円

問合せ・申込み kasetsu.ws(at)gmail.comまで「氏名、電話番号、参加希望日・希望講座(篆刻・書)」をお送り下さい。ご連絡なく欠席の場合はキャンセル料を頂く事がございます。
※上記アドレスの(at)を@に置き換えてご送信ください。

講師 華雪 書家1975年、京都生まれ。92年より個展を中心に活動。 〈文字を使った表現の可能性を探る〉ことを主題に、国内外でワークショップを開催。 刊行物に「ATO跡」(09.betweenbooks)、「書の棲処」(06.赤々舎)など。 作家活動の他に、「コレクション 戦争×文学」(集英社)など書籍や観光庁訪日キャンペーンロゴの題字なども手がける。

講座概要-書

感情・ことば・書――書に込められた書き手の思いをならう
全6回【書】15:00-17:30

書を見るとき、どうしても字のかたち・様子に目が行きがちです。
ただ、それだけでなく、書き手の思いを想像することで、見えてくることも数多くあります。

今期は、古典の書から見て取れる書き手の心境を想像することを入口に、
とりわけ“祈る”感情に焦点を当て、その書きぶりを観察し、学びます。
書き留められた書きぶりやことばからは、
様々な気持ちが混ざり合い、感情が一筋ではないことが伝わってきます。
そしてそれらの感情は遠い昔のものでなく、
現代に生きる私たちにも身近な思いであることにも気づくのです。

今回取り上げるひとつは、王羲之の「姨母帖 (いぼじょう)」。
永和九年(353)年、王羲之が46歳のとき、亡くなった叔母への思いを綴った手紙です。
ここには今、わたしたちが形式的に使っている「頓首」が本来の「額ずく」という意味で繰り返し現れ、胸を突きます。

また、宋の四大家の一人とされる黄庭堅、晩年の傑作「伏波神祠詩巻(ふくはしんししかん)」を取り上げます。
これは、黄庭堅が56歳の頃、現在の湖北省南部にあった荊州を訪れた折に書いたとされる書です。
このとき黄庭堅の目前には、大水に見舞われた街が広がっていました。そんな中、黄庭堅は人びとから揮毫を求められます。
彼は、当時、水難除けの神として奉られていた伏波神祠を詠った「伏波神祠詩巻」の一首を選び、後書を添えました。そこに書かれたことばには、水神に祈りながら、自分自身の弱さを吐露せずにはいられない、彼自身の困惑が表れているように感じられます。

思いを書くこと。そこに入り交じる様々な感情、ことば、書きぶりを丁寧に観察し、“ならい”ます。

講座概要-篆刻講座 

景色を刻む――文字の構成と表現を学ぶ
全6回【篆刻】11:00-13:30

篆刻は、古代より方寸の芸術とも呼ばれています。
そして長い時間の中で、方寸を支配する石の輪郭に対し、文字をどのように構成、表現するかという様々な工夫が重ねられ、多様な変遷を遂げてきました。

今期は、石の輪郭を“窓”に見立て、毎回ひとつの四季のことば(漢詩・禅語)を刻みます。
「鉄樹花開」といった禅語をはじめ、漢字で書かれた四季のことばの中には、一見ありえないような景色を詠んでいると思えるものも数多くあります。しかし、そこからさらに読み解こうとしたとき、新たな情景が広がっていきます。
そうした、ことばならではの“景色”を見出し、絵画的な印象を持つ篆刻独特の文字構成と表現を学びます。

 


アトリエ箱庭, 大阪

基礎からの篆刻
奇数月第4土曜日13:00-18:00開催
詳細・申込 http://www.haconiwa-k.com/workshop.html


恵文社, 京都

書のワークショップ[問いかける言葉 禅語を書く]
奇数月第4日曜日14:00-16:00開催
詳細・申込 http://keibunsha2.hatenablog.com/entry/2015/01/18/125421

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