華雪BOOK
華雪展覧会
エントリー投稿日時 2009.07.01.

027.JPG新潟での展示が、先日無事終了致しました。
現在、秋に再びご覧頂ける機会を検討中です。


また秋、冬に掛けては、東京および東京近郊での展示も計画中です。


どうぞ皆様楽しみになさっていてください。

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新潟からバスで戻って、東京で少し過ごして、飛行機で函館に行き、ヤギと岬を見て(もちろん仕事もして)、飛行機で戻り、東京で少しだけ過ごして、バスに乗って大阪に来る。
新潟から東京は6時間、函館から東京は1時間、東京から大阪へは10時間弱掛かる。

いろいろな移動の時間があると思う。
エントリー投稿日時 2009.06.13.

華雪の米蔵在廊は、残すところ明日のみとなりました。 10:00〜16:00の間、会場にて皆様のお越しをお待ちしております。


ぜひこの機会にお出掛けくださいませ。

エントリー投稿日時 2009.06.02.

エントリー投稿日時 2009.06.02.

今日明日、米蔵の展示会場に在廊致します。(来週は8、9、10、11、12日の予定です)


また夕方からは、本日より開催の新潟絵屋の会場に在廊致します。

新潟絵屋の会期中には夕方の在廊が多くなります。


新潟で皆様のお越しをお待ちしております。

エントリー投稿日時 2009.05.22.

kasetsu_photo.jpg新潟県聖籠町、二宮家米蔵にて個展『刺心』が
今週土曜日23日よりはじまります。
開催に先駆けて、おととい昨日と搬入のため新潟にて展示を行ってきました
今回は今までにない大きな空間での展示となり、加えて伊藤純一さんのご協力により照明を設置頂き、
ゆったりとご覧頂ける内容になっているのではと思っております。
私は6月2日〜6日、会場に全日在廊予定です。
また6月7日(日)には舞踏家堀川久子さんとのイベントを予定しております。
どうぞ皆様、この機会にご来場、ご高覧くださいませ。
エントリー投稿日時 2009.03.14.

昨日はいつもは走らない場所に走って行く。迷うな、と思っていたら、案の定迷う。方向がわからないまま多分こっちだと走っていると、目的地に着いた。そこから今度は家に向かって帰る時、調べた道を探しながら走っていると、なぜかさらに迷った。この出で立ちではどうしても近寄りたくない駅に、走れば走るほど、どんどん近づくことに焦りながら、やっとここだという道を見つけて、急いで曲がる。途中から小雨が降って来る。


今週はずっと新潟関連の本と詩集を読んでいた。昨日夕方に読んでいた本の中で、今まで読んでいた本がかすかに繋がってきた、と思える箇所があって嬉しい。展示の前は、こうやって手当り次第に本を読んで、何か繋がりが見えて来ると、展示の全体像が浮かび上がって来ることが多い。その後、走りながら、あともう少しで、全体の何かが掴めるなと漠然と思う。


夜中にカレーを作る。



エントリー投稿日時 2009.03.14.

確定申告の相談員の人に会いに、連日出かける。担当という仕組みはないと釘を刺されながら、なぜか同じ人が見てくれるようになり(私の理解があまりに拙いせいだということはすぐにわかった)、途中からその人に会うのが楽しみになって来る。


会場に行くと、たいてい1時間は待つ。その間、ずっと新潟市の資料を読み続ける。読んでいると歴史資料館で見たことを思い出したりする。大事なことも思い出した。すっかり忘れていたのだった。新潟での初夏の展示に向けて、会場の模型はすっかり出来上がっている。テーマも決まっている。それをどうやってまとめるか、実際に見たこと、歴史、そして文字と3方向から考えるというはじめてのことをやってみている。


頭の中は新潟にいるまま、減価償却費について説明を受ける。


エントリー投稿日時 2009.03.11.

富士を見に行く。といっても、富士山ではなくて、かつてそこに行きたかった人々が、行ったとしたい気持ちで作った富士塚を見に行った。

川口駅で待ち合わせ、久しぶりの方々に再会して、電車に乗り込む。ひとつ乗り換えて、降りた駅は、初めて来る場所だった。そこから案内をしてくださるTさんに連なって、歩き始める。富士塚までの道は途中水路の脇を歩いた。江戸時代には運河として使われていたそうで、関が残されている。今はもうない沼の伝説が書かれた看板。水の神を鎮めるために作られたとある石塔も、もうなくなっていた。


もうすぐですよ、と言われて先を見ると、田畑と家が広がる中に木が茂った場所が見えた。近づいて行くと、急に視界の中に丘とも土の盛り上がりとも、そして山とも、なんとも言いがたい大きさのものが現れた。戸惑いながら、登り口のある鳥居をくぐって、石段を上る。石段は10段ほどだった。10段を上りきると、上る前に鳥居横の案内図で見た頂上の火口らしき窪みがあった、頂上はその窪みがほとんどを占めていて、その周囲に人が一人立つことができる程の場所がある。そこにも木が生えているので、実際窪みに入らずに頂上に立とうとすると、ずいぶん狭い場所にそっと立つ感じになった。しばらくそうしてから、遠くを見晴らしてみた。10段の石段だけで上った頂上は、実は10段分だけの高さではなく、はじめいた水路のあたりから土は既に盛られているのでその分を加えると、実際は随分高いところにいるのだった。そろそろ下りようかと、上って来た反対側の石段に足を掛けたとき、先にいたTさんが「あ、富士山!」と声を上げ、その方角を向くと真っ白に雪を冠った富士山が見えた。こうしてみんなここから富士山を見たんだろうと話しながら、石段を下りると、上った石段より段数が多い。上り口よりも下の場所、塚のふもとに下りて来ると、小さな穴が開いていた。胎内巡りの穴だという。その穴に向かって緩やかに窪む土で出来たなめらかな壁面に、日射しの向きが変わるたび木々の影が濃くなったり淡くなったりして映る。もう一つの穴も見ようと、歩き始めると、それは意外にも向かい側ではなくて、直角に曲がったところに穿たれていた。さっきの穴よりも倍ぐらい大きな穴が開いている。木の板で塞がれている。来た時もここを通ったはずなのに気がつかなかったのだった。一緒にいたSさんに、登る前は小さい土の盛り上がりだなと思ったけれど、登って降りて来ると山に登ったような気分がするね、と話す。ふもとから見上げる富士はさっきよりもずっと大きくそこにあった。リュックサックを背負った男の人が一人、30分前の私たちと同じ道を伝って、富士に入って行くのが見えた。

エントリー投稿日時 2009.02.17.

昼間、痺れるような冷たい風とともにあられが降りしきっていた新潟市も夜になると雪が止んだ。夜道を足早に歩く。深々と冷え込む中、風だけは昼ほどではないにしろずっと吹き続けていた。夜中、東京に帰る途中立ち寄ったサービスエリアは歩く足が埋もれるほどまだ雪が積もっていた。


今回の新潟は、長く居なかった。けれど、去年の秋よりずっと収穫があった気がする。一度向かう向きを全く失ってしまった場所で、その中にやっぱり向かうところがあったと気がついた今回だった。

街を時間が許すだけ歩いた。寒さでしびれた両手にいっぱいの蕁麻疹が出て、持ち歩いていたサンドイッチは胃に届くのがわかるくらい冷えきっていた。それでも歩く分だけ言葉が見つかった。


東京に戻って来る。歩きなれた家までの道を歩いていると、風がシャッターや家々の植木を揺らしている。時折ビョウビョウという新潟で聞き続けていた風の音がする。

エントリー投稿日時 2009.02.11.
時々、撮影される。
おとといも撮影があった。おとといの撮影は、随分楽しみだった。非常に緊張するはずだったのだけれど、スタッフの半分は友人で、実際に現場へ行くと、今まで感じたことのない気分になっていた。リラックスしているとも違うし、緊張しているとも違う、ちょうど秤の針がゆらゆらと揺れて、真ん中でやっと止まったような感じだった。撮影の後、ご飯を食べていた時に、撮影中覚えていないことがいくつかあったので、それでやっと緊張もしていたのだな、と思った。

昨日の夜から胃の具合が悪くなる。それでやっぱり緊張していたのだなとふたたび思った。
エントリー投稿日時 2009.02.03.
夕方近くまで来たという友達がふらりと訪ねてくれる。彼女を駅まで送りがてら、穴開けパンチを買いに行く。小さい穴開けパンチが昼間からどうしても見当たらないのだった。駅までの道すがら、足下を猫が行ったり来たりしている。5分ほどの間に5匹通り過ぎて行った。駅で友達と別れて、豆腐屋でがんもどきと豆腐と油揚げを買う。店先でおじさんに今日は油揚げあるよ、と声をかけられる。ぼんやりしていたので、びっくりしていると、ね、今日はいっぱいあるよ、とにっこりされる。そうだ数日前、油揚げが売り切れだと言われたのだった。豆腐を買おうと思っていたけれど、そうかそうかと言われるがままに油揚げを買う。目的の豆腐も買って、がんもどきも買う。八百屋をのぞいて、途中の果物屋でバナナを買う。その後、花屋をのぞいてから、穴開けパンチを買いに100円均一へ行く。穴開けパンチが100円で売られているとはどういうことなんだろうと思いながら、箱に入った穴開けパンチを買う。箱を開けたら濃いピンク色のものが出て来た。そのまま帰ろうと思ったのに、花屋に戻りたくなる。戻ってほんの小さい束で売られていたアネモネを買う。店に入ると花のむんとした匂いがした。それが花の匂いとも思えない、なにか生きものの匂いのようで思い切り吸い込む。吸い込んだら、店中の花の色が目に一度に映る。八百屋とも魚屋とも果物屋ともどことも違うこの色は生き物なのだなと思った。

バケツから出したままのアネモネをさっと渡されて、水の滴る小さな花束を指先でつまんでしばらく歩く。豆腐の袋は油揚げがはみ出していて、八百屋の袋はアスパラガスがはみ出していて、袋一杯でもはみ出してはいないバナナの袋にアネモネを挿して帰る。

水揚げをして、ガラスの器に生けると、外では閉じていた花びらが一斉に開いた。それを眺めながら、床の上でNと寝転がっていた。Nは眠ってしまったので、本を読んだり、時々うとうとしたりしていると、顔に冷たい風が触れた。床の上から戸の下側の隙間を見ると、向こう側が見える。そこから外の風が細く吹いて来ているのだった。反対から吹き続けているファンヒーターの暖かい風の中の冷たさが心地よくて、しばらくそのすきま風を顔に当てていたら、Nと最初に暮らした古いアパートのことを思い出した。お風呂もトイレもない一つきりの板間の部屋があるだけのそこは、建物の入り口に共同の玄関があり、靴箱やら傘立てやらがアパート全員分のものが置かれていた。部屋は、廊下に並んだ戸を開けるだけで、いきなり各々の部屋がはじまる。我が家のその1枚だけのたよりない薄い木の戸にも、下側に隙間があった。その部屋にいた頃は毎日思いついたところで寝ていて、床の上に直接寝転んだまま眠ってしまうことがよくあった。床の上で、夜中目が覚めると、なぜか年中窓が開いたままの廊下から外の風が入り込んで来る。窓の外には石榴の木があって、毎夏、たくさん赤い実が実った。外の風の入り込む戸の隙間を寝ぼけ眼で見つめながら、ここではないところに行きたいと毎日思っていた。その頃想像などしなかったところに、今はやって来たけれど、固くて冷たい床の上にいて、戸の隙間を通って吹き込んで来る外の風の心地よい冷たさは変わらない。そのことが、ここ数日の抜け出しにくい曇った気分を拭って行った。
エントリー投稿日時 2009.02.02.
先週から雑誌の企画で、ご飯日記をつけている。今までもブログに食べた物を書いたり、写真を撮ったりしていたのできっと難しいことはないと思っていたら、これがやってみるとなかなか難しい。なにより、毎日食べた物すべて写真に撮るというのは初めてのことで、そうやって自分の食べている物を改めて観察してみると、実は結構好き嫌いがあるのだな、、などわかってくる。そうするとなぜか少し恥ずかしいような気がして来たりする。今までも薄々自分が偏食だと気づいていたけれど、最近それがひどくなっているように感じていたので、この企画を機会に食生活を見直そうと思った。


手始めに、食事を和食に変えてみることにした。料理屋で働いていた時間は割合長かったけれど、結局「献立」というものを知らないまま、ひとつひとつの料理だけがうまくできるようになっていた。ひとつひとつの料理がうまく出来ても、組み合わせがいまひとつわからないのだった。そういうことを今までもNに指摘されていたけれど、聞く耳を持たなかった。なにがあったわけでもないのだけれど、Nに対して急に申し訳なかったという気分も湧いて来て、毎日の食事を和食にするのをきっかけに、Nが毎日食べたいと言っていたお味噌汁をちゃんと作ってみることにした。私は、そのことには理由があったのだけれど、お味噌汁をほとんど食べない家に育った。献立にお味噌汁が必ず加わっていたのは、小学校の給食時代だけで、それ以前もその後も、思い出せる数ほどしかお味噌汁の記憶がない。反対に献立に必ずお味噌汁があったNにはずっと長いことお味噌汁をほとんど作ったことがなく、たまに作るとこういうのだったかしら?と思うようなことが多く、それでまた作らないというのを繰り返していた。Nには、お味噌汁を毎日作りますと宣言して、きちんとだしを作っておいて、具はほどほどの分量で、Nの好きなお味噌汁の注文通りに作ってみたら、今まではなんだったのだろうと思うくらいおいしかった。そしておかずを常備菜をいくつか作っておいて、それをくるくる順番に食べていると、そこにお味噌汁とご飯と干物でも付ければ、充分なんだとわかって来た。わかって来た、とNに言うと、Nは神妙な顔でうん、今までもそういうことが言いたかったと言った。


昨日、15年ぶりの人に会った。その人に変わらないね、と言いながら、ふとNの顔を見たら、この顔が親しみ深いと思った。なぜだかわからないけれど、自分の顔を見ているみたいだと思った。毎日、同じものを食べて、同じ時間に眠って起きて、そうやって過ごしてきた時間分がお互いの顔に積もっているんだろうかと、何杯目かわからなくなってきたウイスキーを飲みながら思ったのだった。

エントリー投稿日時 2009.01.18.
先週から片付けを始めた。図書館で本も借りて熟読して、取りかかったものの、結局一番役立ったのはNが作った現況図だった。片付けは本の中の理想ではなくて現実に直面するのだと思い知らされる。Nは関西でのライブが近づいているので、さっさと片付けたいようすでてきぱきと自分の辺りを片付けて行く。私はなにも近づいていないので、自分の辺りの物を右から左に動かして、それをまた左から右に動かしてを繰り返しながら、時折物を間引いてゴミ袋に入れる。
片付けに伴って、大きな家具を動かさなければいけないレイアウトをNと一緒に考える。うまくいけばかなり仕事が捗るだろうと思われたので、思い切って動かす。模様替えはいつもそうだけれど、意外とあっけなく済む。そしてレイアウトが変わると、俄然片付けのやる気が出て来る。ここ数日は途中お客様がやって来たりした日を挟みながら、ずっと片付けをしていた。
部屋の片付けが大体終わりに近づいて来たところで、体も片付けようと思い、食べる物を気をつけてみることにする。炭水化物を減らして、甘い物や油も控えてみようと思い、はじめてみる。今までの経験から、全部をやめると必ず次に仕事が立て込んだ時に反動で甘い物ばかり食べ続けたり、お酒を飲み続けたりしてきたので、今回はそろりそろりとやってみる。


そして昨日の夜からNは関西でのライブに出かけて行った。一人で寝ていると、夢を見る。明け方、近所のお寿司屋さん(実際にあって、かねてから入ってみたいと思っている)になぜかトイレを借りに入って、トイレを借りるのだから、なにか頼まなければと思い、太巻きを持って帰ることが出来るかを聞いている。トイレはコンクリートの壁がむき出しの古くてひんやりと暗い汲取のトイレで小さい窓が明かり取りで付いている。さびた網戸の向こう側に青空が錆色の格子と重なって目に入って来る。トイレのドアの向こうから、店の主人と奥さんが太巻きを作りながら息子の話をしているのが聞こえて来る。トイレを済ませて外へ出ると、太巻きは今、巻こうというところまで出来ていて、具の中になにか光るものが混ざっている。太巻きは明日まで持つだろうかと聞くと、主人はうちの太巻きはこんな具が入っているからすぐに食べてよ、とさっき見えた光るものを指差しながら言う。光るものは刺身の切れ端で、見ると、切れ端がたくさんすし飯の上に乗っている。それらがぐるりと巻かれた太巻きが二本まな板の上に並んでいる。主人がそれに包丁をいれると、太巻きは切れずにぐにゃりと押しつぶされた。そこで目が覚めた。


目が覚めて、朝とも昼ともつかないご飯を食べてから、洋服ダンスの中を片付けようと思いながら、ちょっとやりたくないなと思い、本を読んだり、コーヒーをいれたりしていたら夕方になる。Nがいないと静かだなと思ったり、Nがいなくて静かだなと思ったり、自分の作品のことを考えようかなと思いながら、そういえば毎年1月は部屋の模様替えをしてからでないと、仕事に取りかからないなと気がついたりする。
エントリータイトル
エントリー投稿日時 2009.01.09.
家に帰ってくる。家でお茶を飲んで、家でご飯を食べて、家の布団で眠っていたら、家がいいなと思ったのだった。そう思ったとたんに家ってなんだろうなと思ったのだった。たぶん家はどこにあってもどんなかたちでも、帰って来てお茶を飲んだら家っていいなと思う、そういうところなんだろうかと思った。


年末年始は関西で過ごした。初詣にも行かず、お正月らしいことはあまりしなかった。自分からちょっと遠いところで、時間がどんどんと過ぎているような感覚がずっとしていた。秋にOさんが心に残っている10冊の本を選んだという話をふと聞き、その中に川上弘美さんの小説があったのを見て、10年ぶりくらいに読み返したのをきっかけに、図書館でいろいろと他にも借りてきていた。なんとなく年末年始にまとめて読もうと持って行ってあったものを「お正月の時間」が少しでも途切れると読んでいた。本を開いて文字を追い始めると自分のよく知っている時間が戻って来るような気がして安心していた。


明日辺り、年末家を出る前に飾っておいたお正月のお菓子(中におもちゃが入っている)を割って食べようと思う。
エントリー投稿日時 2009.01.02.
明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。


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年が明けて、1日の夜、眠ろうと思った時に、あ、今眠って見た夢が初夢だ、と思い出す。ほんの少し目を閉じた時にまぶたを閉じた暗がりに浮かび上がったのは、出納帳の罫線だった。がっかりして急いで目を開けて、今眠っちゃいけないと自分に言い聞かせる。敷かれた布団の先には、我が家にはないテレビが付いたままになっている。画面には犬の声がわかる映画が流れている。それを途中から見、その上時折CMが挟まれると、集中して見ることはなかなか難しい。眠ってしまわないために、編み物をする。小さい丸を色を変えながら編み続けていると目が覚めて来る。目が覚めてきたところで、犬の映画は終わってしまう。まだまだ何か見たいので、チャンネルを変えると、男達が密室で話し合う映画がやっている。これも途中から見る。手元の毛糸の丸も数が増える。映画がふたたび終わって、「今日の放送はこれで終了します」と寂しい場面が流れる。この場面と丸く編まれた毛糸を最後に見てから眠るのもなんだかよくないような気がして、今度は本を読むことにする。年末から読み始めたエッセイ集の続きを読む。時々クスリと笑うことのできる文章を、ひとつずつ読んでいたら、これも読み終わってしまう。いよいよ朝が近づいてきて、もう眠ってもいいかと思って眠り、見た夢は、Nとはまったく違う人と一緒に並んで歩いている夢で、また急いで目を覚ましたら、すっかり朝になっていた。
開講予定
東京と京都と大阪の三会場でワークショップを定期的に開講しています。

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東京会場
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篆刻の講座
7月25日(土)10:00〜12:30
篆刻の講座
7月25日(土)13:00〜15:30
篆刻の講座
7月25日(土)16:00〜18:30
京都会場
京都・講座詳細・申し込み
篆刻の講座
7月24日(金)19:00〜21:00
篆刻の講座/書の講座

7月26日(日)15:30〜17:30
※篆刻と書、同時開催になります

篆刻の講座
9月25日(金)19:00〜21:00
2008.3
2008.4
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