
2011.12.05.

「わたし」を書き続け、ここで終わりにする。

2011.11.29.
「わたし」
わたしと書くとき、身体のどこかでわたしという音が響く。わたしはわたしをわたしと呼びかけながら幾度も繰り返し書いて、いる。
わたしと書く度、ひとつのわたしが外へと吐き出される。
わたしと書き、書いたわたしを棒に掛ける(脱いだ皮のように)、そして休ませる(壁に身体を寄り掛からせるように)。

「心 - 心臓のかたち」

2010.05.25.
華雪書展 劇 (財)新潟県文化振興財団助成事業place : 二宮家第1号米蔵
address : 新潟県北蒲原郡聖籠町蓮野1087
date : 2010年5月22日sat → 6月20日sun
open : 毎週金土日 10:00-16:00
admission fee:一般¥300
・主催|新潟絵屋
・協力|新潟まち遺産の会
・照明協力 | 伊藤裕一
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ライブパフォーマンス『今を書く』
6月13日sun 12:00-16:00
入場料 1,000円
定員 50名
会場 二宮家米蔵第二号米蔵 新潟県北蒲原郡聖籠町蓮野1087
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同時開催 ワークショップ『書くこと伝えること』
6月12日sat 10:00-13:00/14:00-17:00
参加料 2,000円材料費込
各回定員15名 ※要予約、小学生以上
会場 二宮家米蔵第二号米蔵 新潟県北蒲原郡聖籠町蓮野1087
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展示問い合わせ・ワークショップ予約|新潟絵屋 電話025-222-6888

2010.05.18.
早朝新潟に着く。
肝心の筆を忘れて、ずっと気になっていた古い金物屋でちいさなほうきのような刷毛を買う。これで大きな大きな『劇』を明日ひとりで書く。
午後から米蔵へ。
去年はあんなに巨大に思えた米蔵が、先日ぞうきんがけをしたせいなのか、最近引越ししたせいなのか、もう怖くない。広くない。親しい。
大きな米蔵には小さすぎるはずの作品を、小さすぎるとは思わずに釘で打ち付けていく。
昨日、ガラスで切った親指の傷も、釘を打っていたら痛いのも忘れていた。
明日、照明を入れて頂く。これがどんな風に変わるのか。楽しみになる。
夜、ふいにひとりになって、東堀から本町、上大川前と歩き回って、結局いつものお店でいつものお惣菜を買う。のっぺ。くるみ豆腐。ビール。この間、新潟に帰りたいと泣いたことを、ふと思い出す。
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『劇』
すべての劇的な場所のあとには、その劇的なものと全く反対のものがおおいかぶさる
遠藤周作『エレサレム巡礼』より
いつかまたふいに今あるすべてをなくす時が来るかもしれない。けれど何度なくしても私はきっと字を書くことからはじめるのだと思う。
2年前に書いた書評の最後に、わたしはこう書いていた。
その当時、「おれはおれの家を焼いた」からはじまる会田綱雄の詩『兇状』を繰り返し書いていた。書きながら、けれどわからないことがあった。
今思えば、すべてに、少しずつの想像が混ざっていた。
「劇」と書きながら、劇的なこととそれが通り過ぎ残された時の静けさを願っていたような気がする。「劇」と書く中で、わたしにとっての劇は「家」だと気が付いていった。
出掛けて戻って来る、ただいまを言ったり思ったりする場所がわたしにとっての家だとすれば、棲処としての家も、そしてここ新潟も家のひとつだ。新潟に来る。早朝の万代橋を渡りながら、息を深く吸い込む。夏の湿った空気が、冬の冷たい風が、身体に行き渡り、ただいまと声が出る。ただいまと思う場所があり、人がいる。
「劇」の字を書きはじめた頃から、「家」は、自分を含めその中にある人も、少しずつ変わっていくのだと知った。変わっていく様を見た。そこにある劇は、今を引き継ぎながらいくつもの継ぎ目を経ながら、新たに刻々と続いていくのだと知った。
続くということを見た。そう思った。
劇的な場所のあとに聞こえたのは聞き慣れた日常の音だった。鳥の声。誰かがひねる水道の音。子供達の遊ぶ声。道を行き来する人の足音。名前を呼ぶ声。笑い声。
字を書きはじめてから今年で30年が経とうとしている。
今頃になって、はじめて自分の底のほんとうのことを書く、書き方を知った気がしている。

2010.05.18.
5月22日より6月20日まで毎週金土日、新潟聖籠町二宮家米蔵にて、展示『劇』がはじまります。
先週、新潟に来る。
去年から置いたままだった作品を片付けて、
みんなで床のぞうきんがけをした。
バケツの水はあっという間に泥水になる。
去年のわたしは、きっと床にぞうきんがけは出来なかった。
今年は出来た。
去年は新潟のことを米蔵の中で考えた。
今年は米蔵のことを考えようと思っていたら、自分のことに戻って来た。
米蔵のことを考えていたら、自分のことを剥き出すことになった。
こうして剥き出されたことが、ひっくり返って、
いろんな人のまた「自分のこと」になって飲み込まれていくと嬉しいと思った。
今日また新潟に着く。
去年、あんなに大きなものを作ったのがなんだったのかと思うほど、
今年は作品が小さくなった。
ここ新潟の、新潟絵屋の月報の表紙のための作品作りを『十二』とタイトルをつけて、
去年の年末からはじめて、
今ここでしか書けないことを書き留めることをはじめたら、
作品がだんだん小さくなってきた。
自分の普段のサイズということなのだろう。
そうしてそういう大きさと向き合っている中で、
通りすがりにしか書き記せないことがあると、
このシリーズをはじめてから知った。
この『十二』も今回の米蔵も、
新潟のことは具体的にもう出て来ないけれど、
新潟で過ごして来た時間がなければ、
できなかったかたちだと思う。
今朝、新潟に着いた。
最近駅前からバスに乗ってしまっていたのを今朝はやめて、
ひさしぶりに歩いた。
万代橋を渡っていたら、
もう寒くないと思った。
空は快晴で、青い。
もう寒くないんだなと思って歩いていた。

2010.04.24.
雪でまだなお白い山に囲まれた長野で、3日間合宿をする。
合宿しようと言い出したのは丸さんだった。
とはいえ合宿とは言葉ばかりで、
なにも考えず集まって、なにも相談せず、
互いにそれぞれ手を動かすばかりだった。
夕方になるとお酒を飲んで、ご飯をつくり食べ、眠る。
長野は3日とも深々と冷え込んでいた。
夜の間は、雨の音だけが聞こえていた。
朝は、山の方からうぐいすの声が聞こえた。
時々、丸さんがやって来て、ああいいね、と言い、
わたしはうんと応えるだけの3日間だった。
別々の手で作ったものが、
それでもゆるやかにひとつにまとまって行く時間だった。
3日経って、別々の手の中で作られていたものが、
自然にひとつにまとまっていた。
それは今まで知らない心地よい時間だった。
5月7日(金)〜13日(木) 小田原『菜の花』にて、丸山正(
maru factory)+華雪二人展を行います。
詳細は近日、こちらでご案内致します。


2010.04.01.

嘘が行き交う日なのだろう今日、
ほんとうのことだけに浸る。
話し、書き、泣き、少しだけ笑って、窓辺に居たら夕方が来る。
晴れていてよかった。
桜がいっぱいに咲いている。

2010.03.25.

静岡でタクシーに乗った。
そして、この辺りは雪が降るのかと訊ねたのだった。
「この辺りは雪は降らないね。風だな。でも春先には風花が舞うよ。」
風花という聞き慣れない言葉を、茶畑の間を走る昼間のタクシーの中でふいに耳にして、日常ではない場所にいるのだなと思った。
タクシーを降りて、空を見ると高く青い。