
搬入

2010.05.18.

memorandum
早朝新潟に着く。
肝心の筆を忘れて、ずっと気になっていた古い金物屋でちいさなほうきのような刷毛を買う。これで大きな大きな『劇』を明日ひとりで書く。
午後から米蔵へ。
去年はあんなに巨大に思えた米蔵が、先日ぞうきんがけをしたせいなのか、最近引越ししたせいなのか、もう怖くない。広くない。親しい。
大きな米蔵には小さすぎるはずの作品を、小さすぎるとは思わずに釘で打ち付けていく。
昨日、ガラスで切った親指の傷も、釘を打っていたら痛いのも忘れていた。
明日、照明を入れて頂く。これがどんな風に変わるのか。楽しみになる。
夜、ふいにひとりになって、東堀から本町、上大川前と歩き回って、結局いつものお店でいつものお惣菜を買う。のっぺ。くるみ豆腐。ビール。この間、新潟に帰りたいと泣いたことを、ふと思い出す。
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『劇』
すべての劇的な場所のあとには、その劇的なものと全く反対のものがおおいかぶさる
遠藤周作『エレサレム巡礼』より
いつかまたふいに今あるすべてをなくす時が来るかもしれない。けれど何度なくしても私はきっと字を書くことからはじめるのだと思う。
2年前に書いた書評の最後に、わたしはこう書いていた。
その当時、「おれはおれの家を焼いた」からはじまる会田綱雄の詩『兇状』を繰り返し書いていた。書きながら、けれどわからないことがあった。
今思えば、すべてに、少しずつの想像が混ざっていた。
「劇」と書きながら、劇的なこととそれが通り過ぎ残された時の静けさを願っていたような気がする。「劇」と書く中で、わたしにとっての劇は「家」だと気が付いていった。
出掛けて戻って来る、ただいまを言ったり思ったりする場所がわたしにとっての家だとすれば、棲処としての家も、そしてここ新潟も家のひとつだ。新潟に来る。早朝の万代橋を渡りながら、息を深く吸い込む。夏の湿った空気が、冬の冷たい風が、身体に行き渡り、ただいまと声が出る。ただいまと思う場所があり、人がいる。
「劇」の字を書きはじめた頃から、「家」は、自分を含めその中にある人も、少しずつ変わっていくのだと知った。変わっていく様を見た。そこにある劇は、今を引き継ぎながらいくつもの継ぎ目を経ながら、新たに刻々と続いていくのだと知った。
続くということを見た。そう思った。
劇的な場所のあとに聞こえたのは聞き慣れた日常の音だった。鳥の声。誰かがひねる水道の音。子供達の遊ぶ声。道を行き来する人の足音。名前を呼ぶ声。笑い声。
字を書きはじめてから今年で30年が経とうとしている。
今頃になって、はじめて自分の底のほんとうのことを書く、書き方を知った気がしている。