
月

2008.10.31.

memorandum
明日、川口市にあるメディアセブンでの展示の搬入がある。
小さい展示なのだけれど、妙にはっきりとイメージがあって、これはなんだろうと思いながら作業を続けている。
今回ひとつだけ書を持って行くことにしていて、「月」と書いた。ずっとずっと昔にどうしようもない月の字を書いて、それを数ヶ月後にどうしようもないと自覚してから、もう書くまいと思っていた。その「月」を書こうと思ったのは、月を見たという単純な理由からで、と言いながら単純だけれど心底驚いたのだった。驚くとはこういうことかと思う程、驚いたのだった。
川口市内を取材のため歩き回っていた。だんだんと日が暮れ始め、なんとなく急ぎ足になっていた。古びた倉庫と真新しい高層マンションの間に何か大きな丸く光っているものが見えた。あるところで時間が止まってしまったような工場や商店を覆うように高層マンションがいくつも建つ町の中を歩き続けていると、目の前を次々に過ぎて行く古い時間と新しい時間が頭の中で混沌として来ていた。建物の裾に突然現れたその大きな明かりを見ても、変わった大きな街灯があるものだと思ったのだった。それにしても明るいと、やっと立ち止まって改めて見ると、それは満月だった。いろんな時間が混ざり合った町の地面の上で、視線の先にに満月があることに至極単純に驚いた。そして人は驚くと感動するのだなと思った。ふたたび歩きはじめると、月はすぐマンションの陰に隠れた。川までやってくると、月はさっきよりは高く、本物の街灯と同じ高さくらいにまで昇り、立ち並ぶ街灯に並ぶように丸く光っていた。川で、買っておいたどら焼きを食べながら月を見ていた。川沿いを少し歩いて、工場が建ち並ぶ地区にやって来た。工場の中からは何か燃えている匂いがした。暗い道を歩いていると、自動販売機が明るく光っている。そこに目をやると、その傍らの建物の隙間から、もう中空まで昇った月が見えた。月はずいぶん小さくなっていて、ここからはもうずいぶん遠ざかっていた。帰る駅はもうすぐだった。月は見上げる程の高層マンションもトタン板で囲われた小さな工場も大きな川も呑み込むように突然現れ冷たく照らして、遠く高い空の上まであっという間に昇っていった。駅に着くと、たくさんの人が駅から外へ足早に歩いて行く。月が照らし出した町は、新旧が絡み合った時間の中でそれでも強く息しているのだと思った。