
題字 / 「羊の目」伊集院静著(文芸春秋社)

2008.02.09.

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「羊の目」
伊集院静著
(文芸春秋社)
題字 2008
文藝春秋社より刊行された伊集院静著「羊の目」の題字、著者名を書にて制作。本の詳細は文芸春秋社のホームページよりご覧頂けます。
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ゲラを頂いて、読み終わった後、羊を見に行こうと思った。
羊の目がいったいどんな目をしていたか思い出せなかったのだ。優しい目をしていたような気がする。
夕方の上野公園で羊はヤギと一緒に子供牧場と看板のかかる広場に放されて、めいめいにほんの少し生えている草を無心に食べていた。
羊は思っていたよりもずっと大きかった。近づいても、草を食べ続けている。ここで放されている羊たちは人なんかどうでもいい心境なんだろうと思った。背中をそっと触ってみると、毛はごわごわしていた。その手でもう少し強く触ってみると、羊はゆっくりと歩き始めた。目を覗き込むと、黒く濡れて大きな目だった。何も見ていないような、いろんなものを見てしまってあきらめたような、遠い目をしていた。どんなに見つめても、視線は合わなかった。歩き始めた羊の後ろをしばらく付いて歩いた。立ち止まって草を食べ、おしっこをして、また草を食べて、立ち止まって、どこかを見ているような何も見ていないような目をして、また草を食べていた。
牧場の閉園の時間が近くなって、係りの男の人が小屋の前に出て来て、二度手を打った。それまで心ここにあらずのようだった羊の目が、はっきりと彼の手の音の方を見たかと思うと、突然勢いよく走り出した。他の羊やヤギたちも一斉に手の音に向かって走り出して、あっという間に小屋の中に消えてしまった。