華雪BOOK
エントリータイトル0zero / graf mediagm / Osaka
エントリー投稿日時 2003.09.27.
エントリーのカテゴリーexhibition

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展示
タイトル:0
場所:graf media gm
会期:2003.9/27-10/19

コンセプトノートより:

『昔からのすべて。他には何も。しかしけっしてそれほど失敗されず。もっと悪く失敗されず。注意してけっしてもっと悪く失敗されず。−いざ最悪の方へ/S・ベケット』
『しゃれこうべの場所 −マタイ27:33』

骨/まだ肉(=月:にくづき)の残る骨/肉の核
白/頭蓋骨 あるいはその白さ
0。 書くこととそれを書く自分。空っぽの深みの底へ。
私は文字を書いている。そして、たいていひとつの漢字を書く。
子供の時。まだ漢字を知らなかった頃、漢字が形と意味と音を持つ文字だということ。また、漢字はもともと絵文字から象形文字へと形を変え、今使っている形へと辿り着いていることを知って興味を抱いた。それは、漢字よりも先に知っていた、数字やひらがなにはないことだった。そして、その文字、漢字をより楽しく書くことができるのが、子供の私にとっての「文字を書くこと」だった。その後、文章を読むことを覚えていく内に、詩歌や、物語を、ひとつの漢字に収斂させていくことに夢中になった。それは、なぞなぞだった。たくさんのヒントとして、物語や、出来事が散らばっている。それが、あるときひとつの漢字を連想させる。いくつもの自分の経験が、そこで繋がり始めることのおもしろさは、それらの経験をひとつに抱え込んだ「漢字」を書きたいという気持ちを駆り立てた。そして、その形を書くために、身体を動かす。形をなぞるのではなくて、その形を大きく見渡して、形ごととらえるように書く。大きな紙の上に、一画、一画、ばらばらだった線を組み上げることは、その漢字に辿り着く、私の内側の出来事も、そこに組み上げていくことだった。一方で、もっと大きな紙に書きたいと思った。面白いと思った形をもっと大きく書きたかったし、好きな言葉を大きく書くことは、自分の中で、その文字に寄せる気持ちが大きくなることだった。けれども、同時に紙が大きくなった分、いたずらな気持ちでは書けないことを知った。「漢字」を書くことは私にとって、自分と向き合うことに変わっていった。それが私にとっての「漢字」という文字だった。それは今でも変わらない。

何よりも私にとって疑うべきことは 、文字を書く「こと」であり、文字を書く「自分」であり、道具や環境ではない。私は文字、漢字をただ書きたいと思っている。字を書き続けること。それが私にとっての「書」だと思っている。

開講予定
東京と京都と大阪の三会場でワークショップを定期的に開講しています。
以下からお申し込み頂けます。
篆刻講座「名前の判子」

1月19日(土)12:30〜15:30

篆刻講座「冬の言葉を彫る」

1月19日(土)15:30〜18:30

篆刻講座「名前の判子」

2月16日(土)12:30〜15:30

篆刻の講座

1月26日(土)10:00〜12:30

篆刻の講座

1月26日(土)13:00〜15:30

篆刻の講座

1月26日(土)16:00〜18:30

書の講座(親子で参加可)

1月27日(日)11:00〜13:00

篆刻の講座

1月27日(日)15:00〜17:00

篆刻の講座

2月22日(金)19:00〜21:00

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