
Studio Voice 06年9月号「大声を出さずに気配だけを醸し出す」
華雪が、書の準備をととのえる。
編集部の味気ない会議室の床で、ほぼ正方形に近い紙の位置をすばやく決める。
文鎮で片方の端を、きれいにペディキュアをほどこした素足の指でもう片側をおさえる。
毛足の長い筆をアイスピックのようにしっかりと握りしめ、水を絞り切る。
墨に浸した筆を握りなおす。その握りこぶしは微かに震えている。
呼吸をととのえ、全神経をオソロシク集中させているのだろう、見る間に顔が紅潮する。
紙の上に筆をおろす。
一気に「前」という字が書き上がる。顔色はいつのまにか元の涼しげな色に戻っている。
もう一枚。同じように凄まじい気迫で。
何枚も、何枚も。気に入らないものは即座にくしゃくしゃに丸めてしまう。
紙が尽きた。
気は済んだのだろうか? 話しかけていいんだろうか? 声をかけるのが躊躇われる…。
華雪が書をしたためる現場には、こんなふうにただならぬ緊張が張りつめていた。[したためる(認める):一したくする。ニ食事する。三書く。しるす。四処
置する]とある。昭和18年初版の明解国語辞典のこの言葉の前後は、奇しくも[強か]と[滴らす]だった。
<中略>
——初めて書くところを見せていただきました。力のタメ、というのか、エネルギーの凝縮がすごいですね。
「全力疾走した感じです。むしろ高飛び込みの選手に近いのかも。筆をバンッと打ちつけると、どうしてもしぶきが飛ぶんですが、その飛沫が最小限の時にうまく書けたと思うんですね。ダイビングの選手が完璧なフォームで水に飛び込んだ時の静かな水面みたいに」
——書の世界では筆の勢いみたいなものがよしとされるんじゃないか、というシロウトの先入観がありますよね?
「私の場合は滲みとか、かすれ、飛沫のような装飾を取り去った、何もかも呑み込んでしまうものだけを残します。大きい声を出すのはカンタンだけど、大声を出さずに気配だけを醸し出すのはむずかしい。あえてその極みを目指しています」
——あんなふうにこぶしに力を込めて筆を握ることにも驚きました。
「この筆、実は自分の髪なんですけど、穂先を長く作ったので、根元を持たないとうまく力が入らないんです。もう20年近く使ってます。自分の髪ですから道具のせいにできないんですよね(笑)」
——この紙の大きさや正方形に近い比率は、
どんな意図で選んでいるんでしょう?
「これは腕をいっぱいに伸ばして、身体を一気に動かせる最大のサイズなんです。これ以上大きいと全身をしなやかに動かすことができませんから」
——サクッと書く場所をしつらえて、即座にコンセントレーションにもっていくのがすごいと思ったんですが、どんな場所でもこれくらい集中できてしまう?
「そうですね。原っぱの芝生の上でも書いたことがありますよ。ギャラリーとかで周りがザワザワしてたりするのは平気なんですけど、しきたりというか順序は
あるんですよ。紙のたわみとか下敷きの隅をきっちり平行に揃えるとか、いつも繰り返すことはどうしても気になってしまいますね」
——書くところを人に見せることに抵抗はありませんか? というのも、身体の動き自体が舞うようで、筆さばきも美しいし、パフォーミングアートとして見ても十分にかっこいいと思うから。
「20才くらいまでは書くところを人に見せたくなかったんです。子供の頃とか家で書いていると家族がいやがるんですよ。普通にみんながTVとか見てる茶の
間でへんな気迫出してるから(笑)。書いていると迷惑がられるので、そうか、これは人に見せるもんじゃないんだ、と」
1月19日(土)12:30〜15:30
1月19日(土)15:30〜18:30
2月16日(土)12:30〜15:30
1月26日(土)10:00〜12:30
1月26日(土)13:00〜15:30
1月26日(土)16:00〜18:30
1月27日(日)11:00〜13:00
1月27日(日)15:00〜17:00
2月22日(金)19:00〜21:00